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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)5468号 判決

原告 織田都栄子

右訴訟代理人弁護士 柴田耕次

被告 摂津市

右代表者市長 井上一成

右訴訟代理人弁護士 酒井圭次

〈ほか一名〉

右訴訟代理人弁護士 荻野益三郎

同 丹羽教裕

同 塚本宏明

主文

一、被告らは各自原告に対し、金七〇万円およびこれに対する被告摂津市は昭和四三年一一月二〇日から、被告神安土地改良区は昭和四四年一〇月二四日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分してその一を原告の、その余を被告らの負担とする。

四、この判決は一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

被告らは各自原告に対し金一八〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日から右完済まで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、当事者の主張

一、原告、請求原因

(一)  本件事故の発生

日時   昭和四二年一一月九日午前一〇時二〇分ごろ

場所   摂津市太中一七二の五

事故車  小型乗用自動車(滋五そ七九九号)

運転者  訴外織田太四郎

態様   未舗装道路上に水道栓をはめこんだ直径七〇センチメートルの円形コンクリート塊が、地上に約一三センチメートル浮き出し、その塊の前がくぼんでいたため、進行中の事故車のシャシーがコンクリート塊に激突し、急停止したことによって事故車に同乗していた原告が受傷した。

受傷内容 頸椎捻挫ならびに頸椎骨軟骨症

(二)  被告市の帰責事由

本件事故現場は摂津市道で、被告市が道路管理者である。交通ひんぱんな場所において、前記道路状況に放置することは交通の安全性を欠如し、道路法二九条、四二条の規定に著しく反する。この公の営造物には管理のかしが存したものといわねばならず、このため生じた本件事故について被告市は国家賠償法二条により原告の損害を賠償する責任がある。また水道栓をはめこんだ円形コンクリート塊の設置は明らかに工作物の設置ならびに保存にかしがあるものであるから民法七一七条によっても同様の責任がある。

(三)  被告土地改良区の帰責事由

本件事故現場の土地は被告土地改良区が所有し、管理する堤防敷で道路の形態を備え、不特定多数の人や車輛等の交通の用に供されている交通のひんぱんな場所である。これを前記状況で放置することは公の営造物の維持、修繕に不完全な点があり、右被告の管理にかしがあったからこのため生じた本件事故につき国家賠償法二条により原告の損害を賠償する責任がある。

(四)  損害

慰藉料 一八〇万円

原告は前記受傷により昭和四二年一一月二〇日から昭和四三年五月二三日まで京都警察病院に入院し、さらに昭和四四年一〇月七日まで同病院へ通院(実治療六七日)して治療をうけた。その症状は右頸部の有痛性硬結、左前腕手指のしびれ感、片脚起立や左右開閉眼共に不能で、握力も右一七キログラム、左四キログラムと差があり、頸椎レントゲン検査では第五、六頸椎間の狭少、角形成がある。事故前株式会社法華倶楽部の寮母として勤務していたが、耐えられなくなり退職するに至った。その後遺症は身体障害等級八級に該当する。

原告の精神的苦痛は一八〇万円以上と評価しうる。

(五)  よって原告は被告らに対して第一の一記載のとおりの支払を求める。

二、被告市の答弁

(一)  請求原因に対する認否

本件事故の発生は原告主張の場所に水道栓をはめこんだ直径五〇センチメートルのコンクリート製ブロックが地中に埋めてあることは認めるが、その余はすべて不知。

帰責事由、否認

損害は不知。

(二)  被告市の水道栓(制水弁)の設置、管理について

被告市が設置した制水弁は標準どおり埋設されていて、常時五名の作業員が修理管理に回り、五、六センチメートル以上地表に出ていれば、危険であるから埋めており、事故現場のものも作業員から報告もなく危険な状態ではなく、原告主張の事故の前後を通じて、右事故以外に事故があったことは聞いていない。従って制水弁について設置、管理にかしはない。

(三)  道路の管理について

現場は、市道ではなく、被告土地改良区所有の堤防敷であり、一般交通の用に供する道路ではない。本来自動車の通行は予定されておらず、被告市として堤防敷にある制水弁を自動車の通行に対処して管理する義務はない。ただし事実上自動車の通行はあったようであるが、提防敷の管理は、右土地改良区に属し、被告市に権限はない。

(四)  事故原因について

現場の制水弁は、堤防敷中央部に何人からも認識しうる状態で埋設してあり、事故車運転の訴外太四郎は水たまりと共に制水弁を確認して進行している。従って十分避譲しえたし、すべきであったから、同人の過失により発生したもので、原告も運転中の右太四郎に話しかけ事故を誘発した。かりに被告市に責任があるとしても原告らにも重大な過失がある。

三、被告土地改良区の答弁

(一)  請求原因に対する認否

本件事故の発生は原告主張の日時、場所において訴外太四郎運転、原告同乗の事故車による事故があったこと、現場中央部に直径〇・五二メートルのコンクリート製水道栓が埋設されていることは認めるが、その余は不知。

帰責事由は事故現場が被告土地改良区の所有する堤防敷であることは認めるが、その余は争う。

損害は不知。

(二)  現場の管理について

事故現場は一般交通の用に供された交通ひんぱんな道路ではない。被告土地改良区は堤防敷として効用を妨げないように管理すればたり、道路として交通の安全円滑を確保できる状態で維持管理する義務は負担していない。従ってその管理に何らのかしもない。なお水道栓は地表から約六センチメートル突出していたが、その管理は被告市に属する。

(三)  事故原因について

本件事故は訴外太四郎の過失によって発生したものである。道路でない堤防敷内に事故車を乗り入れたこと自体すでに過失があるが、事故の状況から何ら支障なく通行することは可能であった。すなわち事故車の車巾一・五四メートル、堤防敷三・一メートル、前記水道栓は地上高僅か六センチメートルであり、その手前、右側に一・七×一・二メートルの水たまりがあり、そこを事故車が時速約二〇キロメートルで進行し、訴外太四郎は一〇メートル以上手前でこの状況を見ていたから進路を左寄りにとれば水たまりの深みに陥ることなく、通行しえた。しかるに右太四郎は助手席の原告と話をしていて何ら避譲措置をとらず、漫然同一速度で進行したため水道栓に接触した。

(四)  過失相殺

かりに被告土地改良区に責任があるとするも原告側にも過失がある。

1 訴外太四郎は原告の夫であり、前記のとおり過失がある。

2 また原告は運転者である右太四郎に話しかけ、同人が注意をつくして運転に専念するのを妨げ注意力を散漫ならしめ、前記事故を惹起す原因となった。さらに現場の堤防敷を自動車で走行するについて路面に凹凸があり障害の生ずるやも知れないことを十分予知できたのに、運転者の方へ顔を向けて話していて、振動に備えての防禦措置をとることをしなかった不注意があり、もし衝撃に対して身構えることができれば少くとも傷害の程度を著しく軽減できたはずであり、損害不拡大義務に反する過失がある。

四、被告らの主張に対する原告の反論

(一)  事故現場の道路について

行政官庁等の取扱が単に堤防敷であっても、現に道路の形態を備え、不特定多数の人、車輛等の交通の用にひんぱんに供されている以上、道交法上の道路である。しかも管理者である被告土地改良区が、一般交通の用に供する場所として認めており、かりに認めていないとしても永年黙認してきた。そのうえ交通量が激増し、事故後であるが被告市が被告土地改良区に対して使用願いを出し市道認定して舗装したい意向であった。

(二)  事故原因について

訴外太四郎が、堤防敷であっても外形上、客観的に道路の形態を備えた現場へ事故車を乗入れたこと自体に過失はない。また当時事故車は時速一五ないし一七キロメートルの低速運転をしており、現場右側は水路、左側は落差のある田であり、道路巾と車体巾の関係から直進するのが妥当で避譲措置は結果論にすぎない。さらに太四郎が原告と話していたことで運転歴一四年もある者が前方注視が散漫になることはない。

(三)  過失相殺の主張について

否認する。ことに原告は当時座席に十分深く腰掛けていたもので、単なる凹凸道の振動には何らの障害なく、水たまりのみの道路の起伏では傷害をうけるようなことはなかったはずである。水たまりと水道栓の両方により強い衝撃をうけたからで、このような事態は予見しえなかった。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、本件事故の発生

原告主張の場所にコンクリート製水道栓が埋設されていたことは当事者間に争いがない。また原告と被告土地改良区との間には原告主張の日時、場所において、訴外太四郎運転、原告同乗の事故車により事故が発生したことは争いがない。≪証拠省略≫によると、昭和四二年一一月九日午前一〇時二〇分ごろ、摂津市大字太中一七二の五先路上において、訴外太四郎運転の事故車に原告が同乗して北から南へ進行中、道路中央に直径〇・五二メートル、地表から出ている高さ六センチメートルのコンクリート製水道栓があり、その手前に(事故の翌日測定したところでは)深さ二〇センチメートル、巾一・二、長さ一・七メートルの範囲で水たまりが生じていて、この水たまりに事故車が入り、前部バンバーを右水道栓に衝突させ、その衝撃で原告が頸部捻挫の傷害をうけたことが認められる。≪証拠判断省略≫

二、被告土地改良区の責任

≪証拠省略≫によると、次の事実が認められる。

本件事故現場は南北に通ずる通称ガランド井路という被告土地改良区所有の農業用排水路の堤防敷であり、本来農業のための耕うん機やリヤカー等の通行を目的としていたものであるが、一般道路とは区別がつかず付近の宅地化がすすむにつれ、事故のあったころには人や自動車がよく通行する道路となっていた。その巾員三・一メートルで、路面は未舗装、凸凹、直線で、東側は田、西側は排水路であるため、見とおしは良好であった。問題の水たまりは雨後にできたもので道路中央まで拡がっていた。被告土地改良区では耕うん機が通れる程度に凸凹の補修をしており、そのための職員も置き、一時自動車の通行を防止するため、事故現場の道路に入る北側の入口一か所に抗を打ったことがあったが、すぐにひき抜かれたことと、堤防敷への全部の入口に打たなかったので、通行禁止の効果はなかった。この付近の交通量が激増してきて、昭和四四年四月二五日被告市では市道認定のうえ舗装するべく、被告土地改良区に対して本件堤防敷の使用願を出し、許可されて舗装工事をした。

≪証拠判断省略≫

右認定事実によると本件事故現場の堤防敷が、周囲の道路とは区別がつかず、しかも一般の人や自動車の通行が多くなっており、道交法上の道路であることは明らかである。被告土地改良区ではそれを認めて事故後であるが、被告市の市道として使用を許すことにしたものと考えられる。この道路は被告土地改良区という公共団体が管理し、補修もしてきたのであるが、道路法の規定する管理者ではないため、交通の安全性について厳格に常時良効状態の維持などは要求されないも、通常の状態で危険がないようにすべきで、人や自動車通行に危険な状態が人為的であろうと、自然的であろうと生じた場合にはその管理にかしがあるものといわねばならない。

この道路は地道の凸凹道であり、少々のくぼみなどは通行する人、車もその予測の下に通過するのであろうから危険とはいえないが本件のごとく雨後の水たまりで道路中央に拡がり、それが深さ二〇センチメートルの穴となっていては自動車がバウンドしたはずみに車体下を接触する危険は当然考えられる。もっとも本件事故はコンクリートで囲まれた水道栓が地表に出ていたためでもあるが、かかる工作物を埋設させたからには、その周囲の道路状況には一層注意しなければならず、危険とみられた場合には補修するまで通告または通行禁止、制限等をすべきである。しかるに被告土地改良区では何らの措置も講じないまま放置していたのであるから、道路の管理にかしがあったものと認めざるをえず、本件事故から生じた後記原告の損害について、国賠法二条により賠償責任がある。

三、被告市の責任

≪証拠省略≫によると、被告市では、昭和三九年六月ごろに本件事故現場の地下一メートル余に水道管を埋設し、水道栓(制水弁)を取りつけたこと、水道栓は地表と水平にするのが通常であるが、地道の場合には土砂の流出を考えて地面よりやや低くいめに設置すること、事故現場のものは、当時土砂が流れて五、六センチ地表に出ていたが、この程度出れば被告市において土を運び周囲を埋めることにしていたこと、被告市では現場を自動車が通行することは予想しており、本件のものを含くめて水道栓の管理については職員五人がこれにあたっていたこと、水道栓の北側に水たまりがあり、事故車の衝突時には前の両輪とも水たまりの中にあったことがそれぞれ認められる。

右認定事実に反する証拠はなく、右事実によると、水道施設の一部である水道栓は交通の妨害とならないように設置し、しかも交通に危険のないように管理しなければならないのに、被告市では地表へ六センチメートル出ているのを放置していた。だがこの点のみ捕えればさ程危険とは考えられないが、その北側の水たまりと相まって危険性が生じた。水道栓の突出が危険性を持つのは、その周囲の道路状況と関連するから、右程度のものでも一概に危険がないとはいえず、前記の一、二の事故の状況からみると、深さ二〇センチメートルの水たまりと相まって危険性を生じたものというべく、その管理にかしがあったものといわねばならない。従って被告市が本件事故から生じた後記原告の損害について国賠法二条による賠償責任がある。なお道路を被告市道とし、これの管理のかしによるとの主張は、道路が被告市道でないから理由がない。

四、損害

原告は昭和四二年一一月二〇日から昭和四三年五月二三日まで京都警察病院に入院し、その後いまだに週一回通院している状況である。その症状は事故とは直接因果関係のない老化現象である頸椎骨軟骨症であるため非常に重い難症となっている。初診時には左頸部に有痛性硬結、左前腕や指のしびれ感があり、退院後も頭・頸・両肩部の鈍痛、正常の二分の一以下の頸椎運動制限、左肩関節拘縮、左上肢等の知覚障害、目まい、握力低下があり、その他主訴として耳鳴り悪心、嘔吐のあること、茶腕が持てず、衣類の着用も一人でできず、結髪もできないことを述べている。そのため原告は事故前株式会社法華倶楽部の寮母をしていたが、現在やめて家事も娘にしてもらい静養につとめている状況である。

(≪証拠省略≫)

右事実によると、原告にそれ自体としては本件事故との因果関係のない頸椎骨軟骨症があり、これがなければ軽症であったと考えられている。頸椎捻挫のみでは、通常三か月ないし長くても一年程度の治療で治ゆまたは症状固定に至ることが通常の例であるから随分治療期間も長く、症状も重い。原告の症状は持病的なものが増悪した点も考慮しなければならないが、(事故前勤務しえたのに、稼働できなくなったことからも明らかであろう。)、これを過大に評価することは無理であり、前記頸椎捻挫として予測しうる治療期間が事故と直接性のあるものであるから、これに増悪の点を若干プラスして考え、その他事故の状況(ただし後記過失相殺事情を除く)等諸般の事情を斟酌して原告の精神的苦痛に対する損害として一〇〇万円が相当である。

五、訴外織田太四郎の過失

被告らは本件事故が運転者の訴外太四郎の過失によって発生したものであるというのであるが、事故の主たる原因は道路ならびに水道栓の管理のかしによること前記一、二、三に認定したとおりである。しかし同人にも過失はある。すなわち≪証拠省略≫によると、太四郎は事故車を時速二〇キロメートルで進行させ、前方の水たまり等のあることを認識しながら、大丈夫だろうとそのまま直進したことが認められ、(≪証拠判断省略≫)それに見とおしのよい所であり、大きな水たまりであるから、くぼみを予測して徐行し進行すれば事故に至らなかったことは明白である。また≪証拠省略≫によると現場の水道栓で事故に至ったものは本件以外にないことが認められ、太四郎に安全運転をしなかった不注意が認められる。ただ被告らのいう避譲義務の点であるが、事故当日は甲三号証の三の実況見分時より水たまりが大きかったであろうし左側へ避譲することができても、これを要求するのは無理のように思える。

≪証拠省略≫によると、太四郎は原告の夫であり同居していることが認められ、原告と身分上、生活上一体関係をなしているので、太四郎の過失は即被害者側の過失といわねばならない。しかしてその過失割合を三割を認め、前記損害額から減額することとする。

なお、≪証拠省略≫によると、原告が事故直前太四郎の方を向いて話していたことが認められるも、特に通常ありえない姿勢をとり、そのため防禦態勢がとれず受傷ならびにその程度を大きくしたことを認めうる証拠はない。

六、結論

よって被告らは各自原告に対し金七〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明白な被告市は昭和四三年一一月二〇日から、被告土地改良区は同四四年一〇月二四日から右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

原告の本訴請求を右限度において正当として認容し、その余を失当として棄却する。訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用する。

(裁判官 藤本清)

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